エゴイスト  〜リョーマside〜





「……ぅっえい、じ先輩…」


目が覚めたら、途端に涙が溢れてきた。

あの英二先輩の変わり様…俺は、先輩を傷つけてしまった?

不二先輩の事が、本当に好きなの?

だから…俺の言葉に…


「………先輩」


もう誰も居ない空間。俺の声だけが、虚しく響いていた。

何故、こんなに複雑な人間模様に関わってしまったのだろう。

不二先輩と一緒に帰った日から、何かが狂ってきた。


「…あ、部活…」


もう始まっている…。今から行っても、確実に校庭30周が待っている。

それでも無断で休むよりはマシだし、行かなきゃ…。

重い身体を起こし、保健室を出た。

向かう先から、誰かが歩いてくる…誰だろう?


「よう、越前!探したんだぜ〜?」

「桃先輩…」


途端に、溜息が出た。安堵って言うのかな?凄く安心したんだ。

だって今は、部長にも不二先輩にも…勿論英二先輩にも逢いたくないから。


「早く行こうぜ?皆探してたんだよ」

「…俺、今日は部活休みます…」

「はっ?何だよ、どうした?」

「…………」


言えない、言えないけど…行きたくないんだ、どうしても。

気持ちの整理がつかないから…。


「…よく分かんねぇけど、そのまま一人じゃ帰らせられないな」

「え…?」

「お前、今にも死にそうな顔してんだもん。不安でしょうがねー」

「…んなこと、ないっすよ」


強がってみたけど、確かに桃先輩の言う通り。

一人で居たら、自殺でもしてしまうかもしれない…。

俯いた俺に苦笑しながら、桃先輩は頭をガシガシと掻いた。


「俺には良く分かんねーけど、その…気になることがあんなら、早めに解決した方がいいぜ?」

「……」

「俺はソレを解決するには、部活に行くのが一番だと思う」

「……そう、かも……」


桃先輩は、ニッと笑った。

そうだ…逃げてちゃだめなんだ。英二先輩にしたって、不二先輩にしたって…。

俺が逃げたら、何も解決しない。


「有難う…桃先輩」

「気にすんなって。後輩の悩み事を解決してやるのも、先輩の役目だからよ」

「…うん。あ、俺テニスバック持ってきてないから、先に行ってて」

「おう、じゃあまたな」


桃先輩とそこで別れて、俺は教室に向かった。

バックを手にすると、少し心が軽くなった。俺には何よりも大事な、テニスがある。

テニスが出来るなら…少しの心配事ぐらい、耐えられそうな気がする。

そのまま足を運び、校舎の裏からコートに回ろうとした時だった。

―――すぐ近くで、部長と不二先輩が話をしていた。

咄嗟に身を隠してしまい、二人が行ってしまうまで出られなくなってしまった。


【だって君、僕の事が好きでしょ?】


不二先輩の言葉に、俺はビクリと身を震わせた。

え…?何、言ってるの…?


【何を馬鹿な事を…!俺は越前の事が好きだと…】

【それが【嫉妬】だと言ってるんだ。…大体、それが違うと言うなら…君は一体何を考えてるの?】


何、一体何なの…?


【君は僕を試したかったんだよ…。『可愛い越前を近づけても、俺を選んでくれるだろうか』ってね】


不二先輩…?嘘でしょ?部長が、不二先輩の事が好きで…俺を、その為に利用した…?


【俺は…お前が好きではない。だが、誰のものにもしたくない】


部長…!何だよ、それ…?

それが『好き』以外の何だっていうの?

その後二人がキスした時、俺の中で何かが崩れた。

別に、傷付いた訳じゃない。部長や不二先輩に好きだって言われた訳じゃないし…。

でも、心が痛い。何故………?


【嫌だった?…そうだね、君は僕を愛してないんだよね。でも…】

【それは僕も同じだから】


何…?二人共、好きじゃないのに、想い合ってるの…?

そんなの、贅沢だよ……何で、それなのに好きじゃないの?

俺の想いは、通じないの…?


【…僕を好きになる事が、自分を苦しめるって理解してるならいいんだ。じゃあね】


不二先輩が行って、少し安心した。

…気を弛めた所為か。足元にあった枝が、パキッと音を立てて割れた。


「?!誰かそこに居るのか!?」


部長が近づいて来て、俺の前に止まった。

その顔は驚愕と焦りと不安で一杯だった。…俺は邪魔者みたいだね。

だったら、初めから近寄らないで欲しかった。


「越前…今の話を、聞いていたのか……?」

「…うん」

「…ならば、言い訳はしない。聞いた通りだと思ってくれ」

「部長は…俺が嫌いなの?憎らしいの…?」


部長は、辛そうに表情を歪めた後、一言呟いた。


「…憎い」

「ならッ!最初から、利用するつもりで…キスをしたの…?」

「それは違う!…俺が、無意識の内に…」

「俺はそんなに安くない!〔無意識〕でキスを片付けられたくない!!」

「…すまない。だが、利用しようと思っていたわけではないことを、理解してくれ…」

「部長なんて大っ嫌い!部長が止めたって、不二先輩は俺に近づいてくるんだから!」


もう何を言ったらいいのか判らなくて、ただ喚いた。

部長は哀しそうにした後、俺に背を向けた。


「…不二がお前に近寄るのは止めない。…が、お前が不二に近寄るのは止める」

「!!」


俺が、不二先輩に…。

そんなの…出来ない…。怖い、恐い…不二先輩に近づくのは…。


「…今のお前には、出来ないだろう?」

「ッ知ってて…?!最低だ!!」

「何とでも言え…。俺は、俺の心が思うままに行動するだけだ」


部長は、そのままコートの方へと行ってしまった。

…もう、どうすればいいのかも判らない。

桃先輩には悪いけど、今日は部活へ行けそうにないよ…。

疲れた…。


俺は帰路を歩きながら、死にかけている心を癒したいと思った。

誰でもいい、側に居て。

この心が…一人でも居られるぐらいに回復するまで…誰か…。

そう願いながら、歩く道はとても長く…

俺にそんな相手は居ないということを示されているようで、とても辛かった。